段階的断捨離

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モノを減らして良かったことは、たくさんあります。

たとえば、収納に余裕ができて、目的のものが取り出しやすくなる、とか。

掃除がラクになる、とか。

日々の生活の中で、感じる必要のないストレスは、感じずに済む方がいいので、その点だけでも良かったなぁと思います。

結果的には、大きく三段階に分けて処分することになりましたので、ここまでくるのに、4年くらいかかりました。

段階が必要でした

モノを減らしていくのは、大変です。

短期間に一気にする、というやり方もあるようですが、私は上手くできませんでした。

何冊かの断捨離に関する本を読んで、処分する基準や考え方を参考にすることはできましたが、最終的には自分の判断です。

一個一個、目の前のモノを残すのか、処分するのかを判断できるのは、その時の自分だけです。

自分の中に、基準ができないと、処分できませんし、仮に処分したとしても再び同じことを繰り返してしまいそうです。

特に第一段階では、不十分だとわかってはいましたが、無理はせず、気持ちを処理しながら進めました。

振り返ってみても、私にはこのやり方でしかできなかったかなぁと思っています。

第一段階

一段階目は、明らかにもう使わない、使えないのに、奥へ奥へ追いやられていたモノを処分しました。

押入れ、物置、食器棚の奥の方からは、もう何年も前から、使っていないどころか見てもいないモノが、出てくる、出てくる、、、、。

こんな状態で収納スペースが無くなったと、新しく収納家具を買い足していたなんて。

要らなくなったり、使えなくなったら、すぐに処分しないといけない、ということが身に染みました。

新しいものを買ったのに、前に使っていたものも取っておくことはやめました。

前に使っていたものに対して、なんとなく手放し難く思ってしまうのは、十分に使い切っていないのに、次の新しいものを買ってしまっている証拠だと思うようにしています。

ありがとう!と手放せる時が、次の新しいものに入れ替えるタイミング。

買い替え時期にも慎重になりました。

第二段階

二段階目は、いつか使うかもしれない、と手放せずにいたモノを処分できました。

もう何年も使っていないけど、まだ使えるし、使うかもしれない、と処分を迷わせるもの。

これには、二種類あります。

ひとつは、そこにあることも忘れてしまっていて、見えなくなっているもの。

もうひとつは、目に入るたびに、あぁコレ使わなきゃなぁって、ストレスを与えてくるもの。

どちらもやっかいです。

「いつか使うかものしれない」の「いつか」を具体的に「いつ、どういうシチュエーションで」とイメージできないなら、処分しようと決めました。

処分してしまって、あぁアレ捨てちゃった!と思うこともあります。

だからといって、想定できなかったシチュエーションのためにとっておいた方がよかったと思ったことはありません。

第三段階

三段階目は、あったらあったでいいかもしれないけど、無くなった方がスッキリするなぁと思ったモノを処分できました。

ここまでくると、要不要の判断をするチカラが自分についてきたことを実感していました。

処分するという判断を下さない限り、何度でも判断を迫られる、ということがわかってきました。

今回、選別の対象になったモノは、過去2回の選別で処分の判断ができなかったものです。

そもそも、絶対に必要なものは、選別の対象にはなりません。

今回処分しなくても、次回、判断を迫られるモノ。

ここまでくると、用途の同じものは基本的にはひとつ、最小限しか持たない、と思えるようになりました。

こうなってやっと、モノが増えていくスピードはかなり弱まりました。

それでも、年に一度くらいのスパンで、すべてのモノを見直すと、「忘れられたモノ」かや「見えなくなっていたモノ」が、そこここに隠れていて、またゴッソリと処分することになります。

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